いわゆるリンチというものにあっているのだろう。
殴られ続けて鬱血が腫れて来たらしい、頬や唇が膨れ上がってとんでもないご面相になっている女が、
安っぽいランジェリー姿で打ちっぱなしのコンクリの壁までずるずると腕だけで這いずって逃げを打つ。
「あーあーあ、だから言っただろうよ、
此処は怖いお兄さんたちのシマだから勝手に商売しちゃあいけないよって。」
ふいにあっけらかんとした声がして、
コンクリの壁の端、どこに通じているのやらな路地からひょこりと出てきた少年がいる。
こんな堂に入った言い回しをしたものの、声もやや高い目で若いし、
女を見下ろす横顔の、するんと骨ばらない頬やら、
シャツから伸びる腕の肌めの柔らかそうな印象からして、
まだ10代じゃあないかと思われたが、
「だって…」
「うんうん。確かに男咥え込むのは法律違反で、疚しい商売なのはお相子だけどもさ。
此処は銭亀のお兄さんが囲ってるお姉さんたちしか立っちゃあいけないって路地なんだ。
だって、そっちの恐持てのお兄さんたちへみかじめ料払ってるからね。」
「そんなの…」
「いけないこと同士でもね、そのいけないことの中でのルールってのがあって、
専門用語で暗黙の了解ってゆうんだが、
そういうローカルルールがもの言う場所だけに、
それを破ったらこういう仕置きもされようさ。」
十代ぽっちのガキにしては、
随分と世慣れしたような物言いをする。
それに、袋叩きの事情もここいらのシマの情勢もようよう知っていよう口ぶりで。
年少ではあるが、事情通すぎるのが不気味で、
もしやして上の人からの使いか?と、
女相手に暴虐を尽くしていたはずな男衆をついつい黙らせておれば、
「それにミサちゃん、もしかしてごめんなさいって言ってないでしょ?」
ズボンの衣嚢へ両手を突っ込んだままという小癪な態度。
そこから出した両手には、こんな季節だというに何故か革の手套をはめており。
「銭亀の兄さんとこの男衆もさ、
ミサちゃんが凄い可愛い床上手なのは認めてて、
こっちの身内になってくんねぇかな、
あわよくば一晩相手してくんねぇかなって いつも言ってるんだぜ?」
「え?」×@
瓦礫のくずやら菓子パンの袋スナック菓子の箱などなどが隅っこに散らばっているだけな、
物置にさえ使われちゃあいないよな空間は、
三方向に壁のように建物があって
残りの一角も申し訳程度の通路みたいな路地に通じているだけ。
見上げた先にある誰のものでもないはずな空さえ四角く切り取られたそれで、
ここいらはまだ 租界の貧民窟や擂鉢街ではないというに、
底辺の底辺なりの決まりごとやしがらみに支配されているのだというの、
こんなことからも嗅ぎ取れる。
そんな煤けた場所に馴染むためだろう、
違和感のないよう薄っぺらないでたちをしていた青年だったが、
心なしかその声に力強くもしなやかな張りがあることで、
もっとずっと年長なはずの男らがただただ黙って彼の口説を聞いている。
そんな状況下、彼の話が何だか妙な様相を呈し始めて、
「手飼いのお姉さんたちは、
ちょっとすれてたり めんどくさそうにするからあんまり評判が良くない。
洒落じゃあないがアガリも下がりつつあるから、
そろそろ総入れ替えの時期かなぁって。」
他人事のように見物していた顔ぶれの、
遠巻きになってた脂粉臭い一群から、微妙に剣呑な気配や舌打ちが聞こえだす。
「一遍にはさすがに無理だから順番に、
入れ替えた方がいいかもって言ってる時にミサちゃんが好き勝手するからさ、
素直に謝って仲良くなろうって持ってけりゃあ掻い込めるのにって。
ねえ、謝ってないんだろ?」
「うう…」
袋叩きに遭ってた少女へそんなお声をかけ始める青年なのへ、
「ちょっと辰ちゃん、それってどういうことよ。」
「あのスベタ取り込もうってのが銭亀の旦那の思し召しなのかい?」
お仲間だったはずの女性陣が男衆へと後背から詰め寄ったため、
何とはなく風向きが変わる。
こっちを向きなと腕や肩を引かれたこともあり、
背中を向けたままでともいかず、
「い、いやいや、その、あれだ…。」
「あれって何?」
擦り切れそうなペラペラのキャバドレスをまとった女らが、
数人がかりで食って掛かるのへ、辟易しつつたじろぐ男ら。
内輪揉めへと発展しそうになってる面々を、“ありゃま”と呆れ半分に見やりつつ、
満身創痍になっている年少の売春婦をこっそり指差せば、
その身がふわりと音もなく ほんの少しほど浮き上がって。
え?と驚きかかった少女へ、
青年は革の手套をはめたまま、
口許へ人差し指を立て、シーと大人しくしているように指示。
音もなく宙を移動してゆく重傷人を回収したいらしい仕儀だったものの、
「手前、なかなか手際がいいなぁ。」
女たちの剣幕に圧倒されてた男衆たちだったが、全員が翻弄されたわけでもなかったか、
こちらのこそりとした運びを見咎めたクチが、そんな風に言って来て。
「ありゃ、さすがは誤魔化されねぇか。」
くつくつ笑ってやはり手套は嵌めたまま、それでも器用にぱきりと摺り合わせた指を鳴らせば、
彼の足元の影が命ある別な生き物のように伸び、
宙に浮いていた少女の括れた腰へとグルンと巻き付く。
「先ぃ戻ってな。」
「……御意。」
空咳混じりの低い声が返り、
その主がどこにいるのか見極めんとしかかった面々へは
何故だかいきなり ぐんと強い重圧がかかる。
「がっ。」
「な、なんだっ?!」
先程から繰り広げられていた不思議な現象。
これもまたその一端かと、ぞっとしかかるゴロツキらへと向き直り、
「安心しなとは妙な言いようだがな、殺しまではしねぇよ。
ただ、もうちっと頭を使って立ち回りな。
手前らもそっちの姉ちゃんたちもな。」
あくまでもお仕置き、それを下せる立場なんだよ俺はということを示しているだけだと。
直接触れないでこんな苦痛を与えられる存在だということを誇示した彼は、
矢張りまだまだ瑞々しい風貌のまま、だが、いやに堂に入った重厚さを滲ます笑いようをし、
「あ、もしかしてポートマフィアの人か?」
「なんだよ、それ。」
「知らねぇのかよ。
ポートマフィアにはな、異能力者っていう、
ああいう超能力が使える殺し屋や始末人が幹部に座ってんだ。」
「幹部?!」
噂程度でもそういう背景が広まりつつあったので
ただの若い流れ者という顔で通していた中也だったが、
そんな存在が此処にいるというのがどういうことかくらい、
世渡りだけは卒のない連中ならその先もあっさり紐解けることだろう。
確かにつながりはある間柄だから応じてはやったが、
こんなくだらないことへポートマフィアへ応援要請を寄越すなという戒め代わり、
実は途轍もない格上が送り込まれていたのだと。
中也にすれば初歩も初歩、
造作ない仕掛けとして二重になってた仕置きを運ばせていたものの、
実はそれとは別の仕儀も含ませてあった案件で。
“不服そうだったが、まだ加減が身についてねぇからな。
こんなゴミどもでも、ここいらの安っぽい規律には必要な連中だ。”
チープな面々に判りやすい禁忌を意識させるためには必要な、
其奴らの面子を侵せば痛い目に遭うよという単純明快で安っぽい脅威。
必要悪なんて御大層な言い方さえ勿体ないほどの
子供じみた規律とそれを笠に着ている安っぽい連中だが、
こんな末端まで手づから支配するほど暇じゃアない組織としては、
表向き みかじめ料と引き換えという格好でそんな連中も庇護せにゃあならぬ。
なので、そんな連中へそんなレベルに判りやすい対応と制裁を、殺さぬ程度に降らせにゃならぬ。
だというに、あの黒獣使いの少年は、
まだまだ制御が出来ないからか、鏖殺という始末しか付けられぬ身なのを持て余されている。
“とりあえずここまでは補佐として手伝わせたんだ、手法は理解しただろう。”
当人も妙なプライドなぞ振り回さず、滅私奉公を基本に動いているようだし、
何より余暇があればたちまち悪目立ちする格好の独断専行をする手合いだ、
つまらない任務でも与えておかねば、勝手にあちこちで狼煙とやらを上げかねぬ。
首領もそれを暗に案じたか、こんな初歩級の任を中也へ芥川ごと預けたらしく。
教育じみた格好で方をつけよという思し召しを察し、
本来、彼の単独行だったなら手加減付きで殴り込めば済んだもの、
面倒な手順を踏んで “些末でも後々使いようはある事案の畳み方”をやって見せたまでであり。
“いつまで引き摺ってやがるものか。”
自分を貧民街から拾い上げ、手厳しく育てていた上司。
生きる意味をくれると言ったのに、
ただ喰って寝て、危機を忌避するだけじゃあない
生きる意味を授けてくれる人だと思っていたのに
中途で放り出してった。
誰だって自分が大事は同じだが、それでも、
きっちり向かい合い、ここまで来れぬなら一人前とも言えぬ身で小賢しいこと抜かすなと、
手を抜かずのすなわち真摯に相手をしてくれていたはずが、
何も言わぬという体でその姿を消して逐電してしまった裏切り者。
“裏切りには慣れもあったろうに、それでも。”
そういうものだという諦念ぽいもの、
あの幼さで永らえていた身だからこそ、
用心する基本として身に染ませてもいたろうに。
それでも深く遺恨を残した裏切りだと、怒りを消せずにいる黒の少年へ、
おかげでこっちはいつまでも腹立ててる場合じゃなくなったわけだがなと、
苦笑が洩れた黒帽子の幹部殿だった。
◇◇
そういや、太宰さんが良くする格好、芥川とお揃いなんだよね
と、虎の子ちゃんが何の気なしに口にした。
「格好?」
慢性的な人員不足で、敦の非番予定はあってないようなもの。
一応は月初めに予定として定まるものの、
急に軍警からの要請があっての
いきなり呼び出しがかかるのはもはや常套。
しかも、そちらもまた当日突然任務を拝命する立場の芥川の方が
急な任務に召喚されていて。
せっかく重なっていた非番だったが
これは無理だねという方向で了解の連絡をし合っていたものが、
思わぬ段取りの良さで早く片付いたので、
まだ予定は空いているかと黒獣の君から連絡し、
初夏間近にしては微妙に低気温なGWの街角で待ち合わせ。
ロードショーの上映時間までの時間待ち中の二人だったのだが、
カフェのテラス席で他愛ない話をしていたその継ぎ目に、
不意に敦の側がそんなことを言い出して。
「うん。外套の衣嚢に手を突っ込んで、こう、
背条を弓なりにしならせて すっくって立ってる
格好ってゆうか姿勢?」
座ったままで初夏向けだろう薄手のジャケットの衣嚢に手を突っ込んで、
誇示するように背条を伸ばして見せた敦であり。
ああ それなと芥川にも通じたらしかったが、
「あれってマフィアの基本姿勢なの?」
「そんなものはない。」
さすがに首領の前では姿勢を正すのが基本だが、
そっちは両手を背へ回して肩を伸ばし、懐を開く格好の直立だ。
言われて そうだったかなと思い出し直したくらいで、
芥川にはそんな意識はなかったらしく。
「ボクも最近 “あれ?お揃いじゃない”って気がついたくらいだったんだけど。」
太宰さんが あのその、マフィアだったなんて全くの全然知らなかったからと言い足してから、
「知らされてから、妙な納得がした。」
と、呟くように言い足して。
言葉足らずは相変わらずで、
それでは判らぬとばかり、
ンン?と眉を寄せ、目元を眇めた芥川だったのへ、
「何て言うのかな。
太宰さんて気さくで気安そうに見せて
その実、自分へ踏み込ませないっていうか、
躱すの上手なところがあるんだ。」
あの両手を出さない姿勢もね、
何だか、笑ってはいるけど寄って来たっていいことないよって
無言で突き放してるって解釈出来なくもなくて。
「実際 何か困ったらさりげなく手を貸してくれてる人だけど、」
屈託ない人、少なくとも乱歩さんほど理詰めじゃあなくて、
情のある対処を考える人でもあるけれど、
「あの立ち姿勢を見るたび、頼もしいなと思う反面、
孤高の人というか、そんな印象が付いて回るんだよね。」
それでさ、そういや芥川も同じような立ち方するなぁって思い出したんだ。
そんな風に、幼子が凄いこと発見したんだというよな調子で口にした敦だったのへ、
何だかなと小さく口許をほころばせ、
「やつがれの姿勢は単に異能の関係だ。」
外套を変化させて操る異能であるがため、
基本としてその手で直接触れる格好になっているだけ。
だがまあ言われてみれば、威容を顕現させるに最も判りやすい姿勢なので、
威嚇半分、そんな立ち姿を取ってもいたようで。
「そっかぁ。」
なぁんだとあっけらかんと破顔して
それ以上は言及するつもりもないらしく。
馴れ馴れしくするな疎ましいって、そんな態度の表れかと思ってた。
それはあるな。少なくとも礼儀を知らぬ小動物相手には。
あ、言ったなぁ。
誰も貴様のこととは言ってないが。
ううう〜〜〜。
ひどいひどいと眉を寄せての泣き真似をするのがまた、
まだ少し幼さの残る風貌には似合いで、
癪だが可愛いなぁと思いもする心持ちの傍らで、
“彼の人の心づもりなぞ、誰にも判ろうはずもない。”
冴えた意識がそうと断ずる。
一応は腹を割ってくれた彼の人だが、それでもやはり、
その深慮を総て語ってくれないときもあるのは相変わらずで。
共闘の折でも、中也には話してあってもこちらにまでは
巻き込みたくないか作戦外の話は告げてくれないケースが多い。
よそ見をさせたくないからか、余計な忖度するほどではなかろと思われているからか。
ああまだ肩を並べる対象とまでは思われてないのだなと、
少々傷心しかかったものの、
「…人虎、ケーキ幾つ目だ。」
「えっとぉ、4つかな?」
だって中也さんが此処のチケット沢山くれたんだものと、
愛らしいお顔をみゃはvvと ほころばせる白虎の少女へ、
おいおいと禍狗姫が呆れた、皐月間近いヨコハマの街なかの一コマであった。
〜 Fine 〜 19.04.28.
*後半は こっそり女護ヶ島編Ver.でした。
あんまり意味なかったですかね。
でもなんか、女の子の敦ちゃんの方が
こういう話をケロッと持ち出しそうな気がしまして。
*アニメ3期始まりましたね。
青の時代で始まるとは思いませんでしたが、
次週はようやっと現在へ戻るそうで、
まずは さりげなくモンゴメリちゃん登場の巻でしょうか。
共食いの話へ進むには無くてはならないキャラですしね。
(あと、鏡花ちゃんの過去の話とか)
でもそうとなると、
もう一人 (いや厳密には4人?)組合キャラを引っ張って来なきゃなりませんよね。
4期までって長さになるのか? だったら嬉しいけど、
逆に尺の方に合わせて設定を削られたら悲しいなぁ。

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